物語後半、ドグラーの本拠地とその攻略戦の撮影の舞台は、明治から大正にかけて東京湾に首都防衛の為に気づかれた3箇所の人工島の一つ、第二海堡です。
僕が訪れたのは、2004年のロケ地巡りを始めたばかりの頃で、まだ作品映像と比較しての撮影は行っていませんでした。このブログを始めてからも常々再訪問してみたかったのですが、2005年以降立ち入り禁止となり、今回は雰囲気だけでもお伝え出来ればと思い記事にまとめてみました。
丸い建物の横に兵舎のような物があります。
番組撮影以降増築されているようですが、取材時には屋根は落ち廃屋となっていました。
文献ではトーチカとされていますが、 島の中央部の最も高い所に有り、実際にも見張台としての役割があったのではないでしょうか。
島の南西部は丸いコンクリートが大きく崩れた状態になっています。
対岸は横須賀市だと思います。
関東大震災の被災により要塞としての役割を終えたそうです。
画像からも震災の猛威を伺うことができます。
南西側から中央部の眺め。丘の上にドグラーの見張台と朽ちた兵舎が確認出来ます。
南西の突端部は煉瓦の構造物が多く、かつてここが要塞であった事を強く感じました。建物の形をとどめている所は鉄板で閉鎖されていました。
建物の末端部は概ね大破しており、瓦礫の山です。
こちらは東北側の光景です。
対岸は木更津から君津の光景ではないでしょうか。
房総半島の手前にある島は第一海堡
『スーパージャイアンツ 人工衛星と人類の破滅』
アクマイザー3から遡ること18年、「スーパージャイアンツ 人工衛星と人類の破滅」で山中気象観測所としてこの第二海堡が使用されていました。この二作品を比較すると18年の間にも整備が進んでいた事が伺えます。
南西側の海上からの眺め。
取材時に乗せていただいた釣船は北側に接岸しましたが、作品中の船は南港側に接岸したのではないかと思われます。
かつての灯台が建っていた所に現在はパラボラアンテナを備えた鉄塔が建っています。また見張台と兵舎の位置関係は変わりません。
現在見張り代の基礎部はコンクリートで厚く固められていますが、かつてその下部には要塞施設があったようです。
中央部からみた南西側の景色です。灯台は建設位置が異なり、 1957年には南西端に近い所にあったようですが、取材時は中央寄りに設置されていました。
立ち入りが禁止となった現在は耐震工事が行われており、消防演習場と灯台の役割が残されるそうなので、また上陸出来る事もあるかもしれません。
放映日
第8話 「なぜだ?! 子供につかまったザビタン」
1975年11月25日放映
「スーパージャイアンツ 人工衛星と人類の破滅」
1957年12月28日封切
取材日
2004年9月20日
放映日
第8話 「なぜだ?! 子供につかまったザビタン」
1975年11月25日放映
「スーパージャイアンツ 人工衛星と人類の破滅」
1957年12月28日封切
取材日
2004年9月20日