2016年5月22日日曜日

仮面ライダー 東映生田スタジオ

当ブログの匿名の読者様から、仮面ライダーの制作が行われていた「東映生田スタジオ」が、1991〜1992年頃に「CALスタジオ」として運営されていた頃、現地を訪れて撮影なされたという貴重な写真をお分けしていただきました。その写真には現在では撤去されている各ステージの建物や周辺の様子が色も鮮やかに収められており、まさに至宝とも言える内容でした。今回はそのお譲り頂いた写真を持って、改めて現地に赴きました。


この施設の正式名称は細山スタジオ。そこを仮面ライダーの撮影のために東映が借り上げ、透明ドリちゃんを最後に1978年に撤収するまでが、いわゆる「東映生田スタジオ」で、その後、映画制作会社のC.A.Lが「CALスタジオ」として管理、運営を行いましたが1995年2月をもって撤収。同時に細山スタジオ自体も取り壊され、現在に至るようです。


今回の投稿では、左の写真がお譲りいただいた1991〜1992年頃の写真で、右がこの5月に取材した写真になります。


スタジオに敷地内で最も下手、現在駐車場になっているところに建っている「A」と書かれた建物が「CALスタジオ」ではAステージでしたが、「東映生田スタジオ」では第2ステージと呼ばれていました。このように管理時期によって施設名称が異なるようです。



先ほどの写真より上手から切り返しての撮影です。左手前が「東映生田スタジオ」期には第1ステージと呼ばれていた建物です。2016年現在ではスタジオ関連の施設は何も残されてはいませんが、電柱は同じ場所に傾きもそのままに健在です。


お送り頂いた写真の中に第1ステージ(CALではBスタジオ)に組まれていたものだと思われるセットの写真がありました。1991〜1992年頃のCALスタジオでは時代劇を始めCMなどの制作が行われていたようで、このセットはそれらの撮影に使用されていた物ではないでしょうか。


宇宙船別冊仮面ライダー怪人大画報より引用。


第1、第2ステージの間に位置する、階段のある二階建てのプレハブはCALスタジオ期には「俳優館」と呼ばれていたようです。

第39話 怪人狼男の殺人大パーティー

このプレハブは第39話で狼男実験体との夜間の戦闘場面で使用されていました。1991〜1992年頃の写真と比較すると建具は異なりますが、他の部材を見ると建物自体は同じものだとわかります。



プレハブと道路を挟んで反対側に電柱があり、電柱のさらに奥の斜面には仮面ライダーと蜘蛛男が対当するスチール写真でおなじみの階段があります。そこを登ると多摩美2丁目です。狼男実験体が立っているのはこの階段なのか、単なる斜面のところなのかは定かではありません。


今回の訪問では階段が補強されており、斜面の補強は多摩美公園に至るまで広範囲に行われていました。


「俳優館」のプレハブを背に下手側を見た写真にです。この階段がある建物は第2ステージに1982年6月25日~7月31日までに行われた改修工事時に改修されたものでVTR調整室、シャワールーム、給湯室などが設置されていたそうです。詳しくは、この記事を書くにあたって多大な助言をいただいたhide様からいただいたコメントをご覧くださいませ。


宇宙船別冊仮面ライダー怪人大画報より引用。
電柱の配列は2016年現在も変わりがないように思います。


第2ステージよりさらに下手にあったと思われるトタンの建物はエキスプロの倉庫だったそうです。倉庫はすでにありませんが、側溝と隣の建物が往時を偲ばせます。


スタジオに敷地内で最も奥にあった第3ステージ。昭和49年(1974年)に建てられたものだそうです。

第3ステージをさらに奥に進むと多摩美公園になります。以前は多摩美児童公園と呼ばれていましたが、今回の訪問では名称だけでなく、そこへ至る通路も舗装されており、遊具もリニューアルされていました。


とはいえ、依然豊かな自然に囲まれた静かな公園にあることには変わりありません。

お送りしていただいた写真を見ているとやはりスタジオ施設が残されている時期に訪れてみたかったと強く思いました。その反面、スタジオが撤去された現在でも、仮面ライダーを制作していた場所であることが今も変わらず感じられ、この辺りは時間がゆっくり流れているのではないかという錯覚にとらわれます。このなかなか心地のよい感覚がいつまでも残ることを願ってやみません。

匿名さま
今回は貴重な写真を提供してくださいましてありがとうございました。これまでの取材の中でも特別な物になりました。

また記事にまとめるにあたり数々の助言をいただきました方々にもお礼を申し上げます。本当にありがとうございました。

取材日
1991〜1992年5月頃(匿名さま取材)
2016年5月3日

参考文献
宇宙船別冊仮面ライダー怪人大画報
2007年12月18日発行 ホビージャパン

テレビマガジンヒーローグラフィックライブラリー② 仮面ライダー
1995年6月20日発行 講談社

8 件のコメント:

匿名 さんのコメント...

いつもブログを楽しく拝見しております。私もライダーっ子で、何度か、東映生田スタジオ跡地を訪ねました。スタジオの一部は、写真で見たことがあります。しかし、こんな詳細なものは初めてで、感激しました。MGG様、並びに、写真を提供して下さった方に感謝するとともに、新たな他のアングルからのスタジオ写真が入手された際は、当ブログにアップ願います。貴重なお写真、有難うございました!

MGG さんのコメント...

匿名さま

コメントありがとうございます。
記事にも書きましたが、やはり写真を提供してくださった方には感謝の念しかありません。
そしてスタジオの跡地は今も僕たちにとっては特別な場所であり続けているのだと再認識させられた次第です。

続けてこの場所の近辺を取材した記事を掲載してまいりますので、またお越しくださいませ。

匿名 さんのコメント...

MGG様

hideです。
更新を心待ちにしておりました。
中でも第3ステージ(C.A.Lで言うCステージ)の写真は、やはり貴重なものですね。
まさに感無量です!
因みに、少々出しゃばる形になるかもしれませんが・・・。
この第3ステージは、昭和49年に建てられています。
広さは99.2㎡(約30坪)と、第1ステージ(C.A.L期で言うBステージ)の約1/4の広さでした。
また、第1ステージと第2ステージの間にあった建物(東映生田スタジオで言うスタッフルーム)は、C.A.L期には、厳密に言うと、「俳優館」と呼称されていました(「グラフィックライブラリー②」等では、俳優控室と記されていますが・・・)。
それと第2ステージ脇の階段のある建物は、1982年6月25日~7月31日までに行われた改修工事時に改修されたもので、その際、VTR調整室、シャワールーム、湯沸室他が設置されました(生田スタジオ時、2階に制作ルームがあった建物の全面改修)。

MGG さんのコメント...

hide様

コメント&補足説明ありがとうございます!
今回拙いながらも記事にできたのはhide様の助言があってのことだと思っております。
記事本文の方も補足、訂正させていただきます。ありがとうございました。

サソリトカゲス、峰病院もちゃんとやらんとあきませんかね〜。

匿名 さんのコメント...

素晴らしいサイトですね。これからゆっくり過去ログも読みたいと思います。

MGG さんのコメント...

匿名様

コメントありがとうございます。遅々としてはおりますが、調査、取材を続けておりますので、またお越しくださいませ。

別の匿名 さんのコメント...

はじめまして。
東映生田スタジオについて、聞いてはいましたが、
こうして貴重なお写真を拝見して、時代の空気を感じ感激しています。
ありがとうございます。

さて、文中の「水戸黄門の撮影~」についてですが、
水戸黄門は、番組開始以来一貫して東映京都太秦で撮影されており、
東京では撮影されていません。

しかしながらC.A.Lは水戸黄門のほかにも時代劇を作っており、
写真の家屋セットはそれではないかと思われます。

よくよく考えてみたら、当時「日テレ生田スタジオ」には、
江戸の町のオープンセットがありましたから、
時代劇の撮影にはもってこいの場所だったのでしょう。

MGG さんのコメント...

匿名 別の匿名 様

コメント、ご指摘ありがとうございます。

水戸黄門は太秦でしたか。確かにC.A.Lの年表を見ると他にも大岡越前や他の時代劇も載っていました。
何のセットか割り出すのは困難でしょうが、記事を訂正させていただきました。
C.A.L制作の時代劇も見てみたいものですね。